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 秋の足音
    10 月
   

 ここでは、普段から私が考えていることを徒然に書いていきます
 内容は何を書くかわかりませんので、暇な人は見ていってください
 ひょっとしたら私の性格分析ができるかもしれません。


 【10月編】

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★2003.10.29 ・・・・・   鷹と鳩   ・・・・・

 最終戦までもつれ込んだ日本シリーズも、星野監督の勇退を飾ることができずに、阪神が敗れ去ってしまいました。ドラマとは、そう簡単に生まれてこないものですね
 
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 さて、いよいよ総選挙が告示をされ、選挙戦も終盤に突入しました

 潔く身を引いた宮沢元総理とは正反対に、最後まで足掻いていた中曽根元総理も、結局は引退に追い込まれてしまいました。中曽根さんもTV等の報道で映し出される映像を見ていると、さすがに80数歳という歳を感じさせ、総理を務めていた頃の往年の迫力はなく、先入観がなければ、身なりを整えているただのお爺さんという感じでしたね
 北関東比例代表の終身第一位を自民党から約束をされていたのに、それを党から反故にされたわけですから、その理不尽さや悔しさは、かなりのものがあったのでしょうね。小選挙区選と比例代表選が実施されることになり、比例区へ転出するために、党と約束をしたということですので、本人からすれば、「約束が違うじゃあないか!」と怒鳴りたくなる気持ちは、僕でもわかりますね
 確かに、年齢も年齢ですから、「そろそろ、おやめになったら」とも半分くらいは思いますが、やはり「約束をした」という行為については、ある種の契約でもあることだし、諸事情があるとはいえ、一方的に反故にしてしまうのも、なんとなく可哀相だなとも思いました

 それにしても、宮沢さんと中曽根さんといえば、戦後政治の生き証人みたいな人であるとともに、現職(すでに失職してはいますが)の中でも、いわゆるハト派とタカ派の代表的な重鎮です
 先日、新聞だか雑誌で、「タカ派議員は議員の地位を世襲する人が多く、ハト派議員は、一代限りで辞めてしまう」というような記事がでていました

 なるほど〜・・・・・と思いながらも考えてみると、第2代総裁で、病気のためわずか3ヶ月で退陣した石橋湛山・竹下首相退陣後、後継総裁に推されたが固辞した、硬骨、清廉の伊東正義・環境庁長官を務めた鯨岡兵輔等々、名前をあげだせばキリがないのですが、今回引退した宮沢さんや、自民党総裁選前に引退を表明した野中広務さんなんかもそうですね
 みなさん、本当に世襲をしていませんでした。これには、ちょっと驚いてしまいました。それにハト派と呼ばれている人には、そのやさしい名称と違って硬骨漢の人が多いように思えたのは意外でしたね



★2003.10.24 ・・・・・  PTA活動に参加して  ・・・・・

 今日は、松井が四番に座ったのですが、残念ながらヤンキースは負けてしまいました。ちょっと残念ですが、あと2勝すれば世界一に手の届くところまでは来ています

 『暮れてなお 命の限り 蝉時雨』 政界に固執し続ける中曽根元首相は、自民党の定年制に反発して、引退を拒否し続けているようです。自民党執行部では、公認しない方針ということですが、けっこうしぶといですね。とても85歳という年齢を感じさせません


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 先日、娘の小学校のPTA行事の一環で「親子活動」というのがあり、参加してきました
 中味は、たいしたことはなく、ミニ運動会といったところで、親子でいくつかの競技をするというもので、親子で一緒に棒を持って走ってみたり、2人3脚をしたり、パン食い競争などでした。まあ、親子活動といっても2学年ですので、競技というよりもふれあい活動みたいなものでした

 開催日は、平日の午後でしたので、親子活動とはいっても、参加している親のほとんどはお母さんばかりで、2クラスのうち、男親は僕も含め15人ほどでした

 子供達も楽しいらしく、子供同士で騒いだり、友達のお母さんと話をしたりという感じで、はしゃいでいました。開閉会式はともかく、競技の始まりの時などは、父兄の担当者から競技に関する説明がなされたりするのですが、耳につくのは、子供同士のお喋りより、お母さん同士のお喋りという感じで、ちょっと不快な感じを受けました
 子供達にとっては、このような機会も少ないことだし、うれしさにかまけて楽しくお喋りをする気持ちもわかり、先生に怒られても、まあ、それはそれで仕方がないとは思うのですが、なかには、先生が注意をしている時にでも、平気でお喋りを続けている親がいることには、情けない思いすら感じざるを得ません

 試しに、そのようなことを平気でしている親を見ていると、子供も親とほとんど同じような感じで、先生の話し中でも、他人に話しかけていたり、ちょっかいを出すなどまったく落ち着きもないそぶりでした。まさに 『この親にしてこの子有り』 という感じで、「やっぱり」と思うとともに、ちょっと可笑しくなってしまいました。もちろん、親自身の行動が子供の手本になっている事など、その親は、これっぽっちも思っていないんでしょうね(もちろん、子供が後ろを向いたり、他の子供に話しかけても、注意する素振りすら見せませんでした)。

 そういえば
 先月にも同じような光景を見たことを思い出しました。それは、小学校の運動会の準備をしようとしている時でした。運動会の準備とは、前日にPTAの役員が集まり、子供や来賓のためのテントを15張りほど張ったり、校庭の整備をしたりするもので、それは、準備をするために役員さんが集まり、学校の先生やPTAの役員さんが、説明をしている時の事でした
 集合時間には、役員さんが40人ほど集まり、PTAの会長さんからお礼があったり、学校の先生が準備についての話をしている時でした。そのような時でも、平気でお喋りをしている数人のグループが3つほどありました
 先生が必死になって説明しているのに、ペチャクチャと話をしているのには、ちょっとカチッときてしまい、「すみません。こちらまで良く聞こえないので、もう少し大きな声で話をしていただけませんかぁ!」というような感じで、それとなく先生にお願いをしたところ、少しは気になったとみえて、2つのグループは、くだらないと思われるお喋りをやめてくれましたのですが
 信じられないことに、もう一つのグループだけは、お喋りをやめるどころか、先生が声を大きくした影響なのか、今までよりは大きな声でお喋りをしだしたのには、本当にあきれかえってしまいました(まあ、このようなことで、よく人の親をやっているものです)

 僕も、ついついよけいなおせっかいを焼きたくなってしまい 『そんなにお喋りがしたかったら、準備を手伝わなくてもいいから、どこか違うところにでも行って話をしていてください』 と、つい注意をしてしまいました

 もちろん、それでお喋りはやめてくれたのですが、もの凄く嫌われたでしょうね〜



★2003.10.20 ・・・・・   ちょこっと林業   ・・・・・

 松井は今日も活躍してくれましたが、残念ながらチームは負けてしまいました。チームが負けたことより残念なのは、やはり、310勝160敗.4099奪三振のクレメンスの最後のマウンドであったことです。41歳にして現役バリバリの一軍投手で、ライアンと並び好きな選手の一人でしたが、どうやらこの日が最後のマウンドになったみたいです
 「ハッピー バット サッド」・・・「幸せだが、悲しい」 この言葉をつぶやき、クレメンスは大リーグを去る予定になっているのですが、はたして、来シーズンに日本に来るのかどうか?・・・・・とても気になるところです

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 さてさて、鋸谷式間伐の感想を書くことになっています。夢さんから、掲示板の方に『鋸谷式間伐』について、写真をまじえながら詳細な紹介がありましたので、僕も少しですが調べてみましたら、なかなか興味深いものがありました

 詳細については省略させていたできますが、夢さんが最後に書かれたように
>山は畑ではない。森林はそれだけで自立的に養分が循環しなければならない。
>伐倒木はその場所に倒れたまま伐り置き。枝払い・玉切りしない。
>(↑いくつかの条件は守ること)
>間伐する木を切る位置は根元でなくてよい。(これで作業する人の危険が減り、又、作業率もアップする)
>間伐1年目から下層植生が一気に生えてくるので表土の流出は植生によって防ぐことが出来る。
>等様々なことを知りました。
 ということに集約されそうな感じでしたね
 どうも、僕が感想を付け加えて書くほどのことは無いようです。まったく、なるほどなぁと感心しているところです

 林業施業については、最初に3000本/ha前後を植林し、除伐・間伐などの保育を行い、最終的には6割前後が間引かれて、木材になるのは1200本前後というのが、一般的です
 ところが、森林面積の5割にも及ぶ人工林が、木材価格の低迷により、間伐もされずに放置されている現状があり、少しでも簡易的かつ効率的に間伐が行われるようにと、鋸谷式間伐が産みだされたものだと思います

 さて、林業施業に関していつも不思議に思うのは、このような、普通に行われているような施業方法についてです。いつ頃から行われていたのかは定かではありませんが、このような施業方法については、恐らくその方法がベストの選択であっただろうという背景があるはずです
 例えば、この施業方法については、植林木の6割という大量の間伐をすることに特徴がありそうです。これは、間伐材が土木用の杭に利用したり、建築用の足場丸太に利用することにより、林業施業における副次的な収入を得ることもできるため、非常に効率の良い経営方法であったと思われます。ところが、現在では、間伐材はほとんど利用されることなく、木材価格の低迷とともに、間伐材の副次的な利用方法もみつからないことから、広大な放置森林を産みだしている原因だろうと思われます

 鋸谷式間伐という新しい間伐方法が産みだされるくらいですから、施業方法についても、現在の社会情勢に見合った、簡易で効率的な新しい施業方法がでてくることでしょう・・・・・と希望しているところです


★2003.10.20 ・・・・・   林道閉鎖   ・・・・・

 松井は今日のワールドシリーズで先制のHRを打ち、ちょっと気分が良いです。そういえば、先日、ニューヨークヤンキースがア・リーグ優勝を決め、ワールドシリーズに出場することが決まったニュースが配信された時に、とにかく驚いたのは、優勝が決まった瞬間でした。球場に流れてきた音楽は、なんと、フランク・シナトラの 『ニューヨーク・ニューヨーク』 でした。なんて格好良かったのでしょうか!!
 日本では、阪神が優勝した瞬間には 『六甲おろし』 の大合唱となったわけなのですが、まあ、これはこれで日本式で良いのかなと思ったわけですが、やはり日米での野球の楽しみ方の質の違いというか、楽しみ方の違いといいますか、ベースボールと野球の違いとでもいいますか、そんなことも感じたシーンでしたね


 さて、多雪地帯だけでなく、恐らく日本中がそうであろうと思いますが、僕の住んでいる山梨や近くのフィールドでも冬期になると林道が閉鎖されてしまい、来春まで通行することができない林道がたくさんあります。特に困ってしまうのは、イヌワシが生息している地域での林道閉鎖です。ご存じのとおり、イヌワシは冬期に繁殖期を迎えますので、その重要な時期である冬場に観察ができなくなることは、少々つらいものがあります
 そんなこともあり、昨日は、冬期閉鎖が予定されている林道の奥にあるイヌワシを尋ねてきました

 紅葉は、まだ本番とまでいかない時期ですが、稜線上はすでに葉を散らしていたりして、平地とは違う風情でした。天候は、雨がチラホラ降ってきたりして、良い天気ではありませんでしたが、紅葉に彩られた急斜面の途中にイヌワシがパーチしている姿が見え、秋の一日を満喫してくることができました
 このイヌワシとは、非常に残念なことなのですが、来年の5月以降でなければ再び会うことはできませんので、今シーズンのお別れに行ってきた次第です。ついでに、飛行中のイヌワシの撮影の練習をしてきたのですが、今回は、少しはまともに撮影することができたようです。曇っていたので、下面の様子はあまり綺麗に見えませんが、とりあえずピントは合ってきました



★2003.10.13 ・・・・・   犬の放し飼い   ・・・・・

 数日前に、 ↓ このような記事を目にしました

 http://www.ryukyushimpo.co.jp/news01/2003/2003_09/030929eb.html
 
 そのうち消えて無くなりますので、あらましを書いておくと
 「沖縄・石垣島の犬の放し飼いはあまりに悪質で、全国でもひどいと指摘される石垣市で、減らない現状に業を煮やした保健所は7月から、刑事罰も視野に警察への通報を含めた対策強化に乗り出している。沖縄の年間捕獲犬頭数は6696頭(2001年度)で全国で2番目に多く、県民1人当たりの捕獲頭数では全国最悪。中でも石垣は飛び抜けて多く、02年度には頭数が減ってきている那覇市を抜いて546頭を捕獲した。また咬(こう)傷事件でも飼い犬が多く、02年度では10件のうち8件が飼い犬だった」−(琉球新報)・・・・・という記事です

 「犬がペット化してしまい、それによって人間界と動物界の区別がなくなっている」ということを、以前に雑感で書いたのですが、ちょっと気になった記事です。どこが気になったのかというと、【咬(こう)傷事件でも飼い犬が多く、02年度では10件のうち8件が飼い犬だった】という部分です
 犬の放し飼いを規制したり、野犬狩りを行うようになったのは、ひとえに犬による咬傷を防ぐためだと記憶しています。かなり昔から、身近に起こったり、新聞記事などで見る限りでは、犬による咬傷は、野犬によるものより、圧倒的に飼い犬が多かったと記憶をしていたからです。「10件のうち8件が飼い犬だった」という部分だけを見ると、咬傷事件は野犬対飼い犬で2:8ということになり、飼い犬による事故の方が多いようです。実際のところは、それぞれの総数がどれくらいなのかわかりませんので、単純な比較はできません。総数であれば、野犬絶対数は飼い犬よりはるかに少ないだろうと思われます。反対に、飼い犬のほとんどは鎖で繋がれているのですから、よほどのことがない限り事故になりそうもないだろうし・・・とも思われます

 まあ、そんなことはともかく、『野生鳥獣による農林業被害を防ぐためには犬を放し飼いにすべきでは!』と考えている僕としては、、そこまでしなくてもと思ってしまったのも事実です。世の中の流れは、『人間に危害を加えるものがあれば、それは排除する!』というのが、一般に浸透していますし、それによって助かった事もいくつかあります。しかし、そのことはケースバイケースで考えなくてはいけないことで、『不要な物は排除する』という考えが、人間にとってすべてプラスになるとは考えることができません
 仮に不要な物を排除した場合、多かれ少なかれさまざまな影響が出てきます。それは人間にとってプラスの影響をもたらすこともあれば、ほとんど関係のない影響の場合もあります。後者であれば問題はないのですが、前者であるならば、排除したことが問題とされるべきではないかと思っています

 日本人もさまざまな生物を絶滅に追い込んできました(排除した)。たとえば、自然界に存在したトキやカワウソなどを絶滅させてきましたが、これは後者であり、人間の生活には、まったく影響が無い出来事です。天然痘・コレラ・赤痢・チフスなども後者にあたり、人間生活には影響がないどころか、プラスに働いたのではとも思われます
 ところが、放飼犬を排除することについては、それらのこととは少し事情が違い、マイナスの面ばかりが目立つようにしか思われません。そのマイナス面というのは、以前に書いた農林業作物へ与える被害の問題があるからなのです

 欧米の先進諸国では、犬をペットとして飼育してきているのは、さまざまな経緯がありますが、基本的には愛玩用です。ところが、日本で純粋な愛玩用としての飼育については、近年になって行われてきたにすぎません。もちろん、遡ってみてみると、江戸時代から愛玩されてはきていたのですが、これは、あくまでも上流階級だけの話であり、一般国民にとっては、愛玩用途よりも番犬としての用途であったと思います。農林家においては、番犬として飼っていたものが、知らず知らずのうちに人間界と自然界の境界を分けていた役割を負っていたと推測しています
 ここで考えなければならないのは、2点あり、1点目は「農林業作物への加害者のこと」であり、2点目は「欧米と日本との比較」です
 最初の「農林業作物への加害者のこと」についてですが、最大の加害者はさまざまな病原菌であり、それに続くのは害虫と呼ばれている昆虫類で、3番目が鳥獣ではないでしょうか。最初の2つに関しては、それぞれに効能がある農薬を散布することで、ある程度の被害を防ぐことができますし、それほどの手間も時間もかかりません。ところが、第3の加害者である鳥獣については、鳥害については、防鳥網を被覆することなどで、ある程度簡単に被害を軽減することは可能なのですが、問題なのは獣なのです。いまだに有効な特効薬がみつからず、農地全体を電気柵で囲ったり、危害を加える獣を排除することしかいまのところ方策はありません
 個々の農林家においては、農林業を廃業するか、電気柵で農林産物を守るか、どちらかの選択を迫られているのが、中山間農林家の実態です。電気柵を設置することについての農家負担は、かなりの額にのぼり、このことが、農林産物価格が低迷している現在では、農林家への大きな負担ともなっています

 2点目の「欧米と日本との比較」についてですが、これは何を言いたいかと申しますと・・・・・
 現在、農林業へ多大な被害をもたらせている動物を見てみると、地域によって違いはありますが、シカ・サル・イノシシが最大の加害者であろうと思われます。ところが欧米では、このような農林作物へ危害を加える動物が極端に少ないのが日本と一番違う点なのです。欧米では家畜に危害を与えるオオカミや、危害を与えるであろうと想定された猛禽が欧米農家の目の敵にされていて、他の雑食性の獣がほとんど存在しなかった。もしくは、存在しても、それほどの被害ではなかったというのが現状ではなかったのでしょうか? ですから、犬の存在は、愛玩であったり、家畜飼養時の牧羊犬でしかなかったのです
 ところが、前述したとおり日本の農林業においては、欧米と比べるまでもなく農林作物へ危害を加える動物の種類・個体数とも非常に多く、犬の存在意義についても、まったく違う歴史があったのです。それらのことをまったく考慮もせずに、犬は人間の隣人であり、最も古い人間の友達であるという考えに基づき、愛玩用としての歴史が長い欧米の真似をしていては、日本における獣害による農林作物への被害防止を図ることは、できないであろうと思っています

 このような事を書いているからといって、愛玩用に犬を飼うことを、まったく否定しているわけではありません。それはそれで必要だろうとは思いますし、節度と適切なマナーをもって飼うことは良いことだろうと思っています。また、アニマルセラピーなどについても、そのような利用ができれば、それはそれで非常に良いことだとも考えています
 僕が否定しているのは、犬を飼うことを、すべてそのよう(愛玩用)にしなければいけないという考え方で、もう少し日本において犬が果たしてきた役割を見直し、せめて中山間地では犬の放飼を認めるというか、積極的に推進するくらいでも良いのではないかということなのです

 この記事に書いてあるように、『犬の放し飼いはあまりに悪質で、罰則刑を与える』というのは、あまりに短絡的すぎるような感じがしました。なんでもかんでも外国の物真似ではなく、多面的に物事を考え、日本の気候風土や生態系にあった事(施策)が必要だと感じた記事でした


 本日最初の写真は、犬を連れて散歩をしている農家のお婆さんです。ちょっと話をしてみたのですが、「昔はこのように犬を繋いで出かけるとは思わなかった。一緒に野良に出かけても、マムシを見つけてくれたりして助かったこともあるし、犬も自由で良かったと思う。今は、繋がないで歩いていると、犬を連れて散歩している人に怒られるからね・・・」と寂しそうに話していました。それにしても、大人しくて渋い柴犬でした
 2枚目の写真は、放し飼いを実践している農家の写真です。ひどいところでは家の庭を通ってサルやイノシシが畑を荒らすというのに、ここでは、このような山の中にもかかわらず、防獣対策については写真のとおり何もしていません。ただ甲斐犬1頭と雑種の犬1頭を放し飼いにしているだけなのです



★2003.10.13 ・・・・・   体育の日   ・・・・・

 今日は国民の休日で、体育の日でした。スポーツの秋とは申しますが、今年は、夏にさまざまな競技スポーツが行われ、注目を浴びたことは記憶に新しいことで、秋本番になった今は、スポーツの話題も日本シリーズくらいになってしまい、おまけに、阪神対ダイエーということで、関西人ならともかく、関東ではさほど盛り上がりのないスポーツの秋となってしまったように思えます

 さて、8月には、世界陸上があったり、パンパシフック水泳大会があったり、世界柔道があったりと、競技スポーツが盛大に行われ、たくさんの若者が活躍してことは記憶に新しいことです
 いろんな日本人選手が注目され、それぞれの競技で活躍をしていました。そのなかでも、特に注目を浴びたのは、陸上の末続慎吾選手だったのではないでしょうか。恐らく、大会前はそれほど知られていなかったと思われるのですが、連日のマスコミ報道等により、一躍スターダムにのし上がった印象を持ちました
 専門化の予想では『十分メダルに手が届く圏内にいるし、上手くすると金メダルもあり得る』などと言われると、まさかとは思いながらも、テレビに釘付けになってしまったことを思い出します。予選・準決勝と存分の力を見せつけ、決勝では短距離史上初のメダル獲得という、まさに快挙と呼ぶべき活躍を見せつけてくれました。従前から、短距離走などの瞬発力が要求される種目は、黄色人種向けでなく、足腰のバネが強い黒人選手向けの競技と言われていて、長い間、黒人選手が活躍していた種目であり、とうてい黄色人種では太刀打ちできないだろうと思われていましたし、僕も同じように思っていました。ところが、蓋を開けてみると、専門化の予想どおり、楽々と決勝に進んでしまい、世界陸上決勝戦のコースに日本人選手が立っている姿を見た時には、信じられない光景を見ているようでした。結果はご存じの通り、銅メダルの獲得という、奇跡的な快挙で、ご多分に漏れず、僕も拳を握りしめテレビを見ながら応援をしていました
 一次予選・二次予選と進んでいくうちに、国内での報道もヒートアップしていき、さまざまな彼の姿が映し出され、特に有名になったのは 『1日2000回腹筋をおこなっている』 ということにつきるでしょう。一瞬『嘘だろう・・・』と思う反面、それくらいの努力をしなければ世界と対等に戦うことはできないのかと、その努力の深さに驚かされたのは僕だけではないと思います。世界と対等に戦うということは、やはり尋常な努力ではできないということを、しみじみと痛感した逸話でした

 さて
 先日、さる雑誌で日本の教育を嘆く記事を見かけました。その記事内容の主旨は、日本の教育は、教育内容やレベルが低下してしまい、このままこの教育方針を続けていけば、将来の学力低下は必至で、日本の国際的競争力がますます劣ってしまう・・・というものです。その記事を書いたのは、ある数学学者さんなのですが、その記事の内容には、数学教育のことが中心で、例えば『代数という発想力を必要とする内容を選択しているのは、日本の高校生でも40万人程度しかいなくて、それに対して、インドでは同じ課程の勉強を実に800万人が学習をしている。このことは、学力の低下だけではなく、発想を育む人間教育がもの凄く遅れてしまいます。このことは、資源の無い日本における大きな損失である』などと具体的に書かれていました。よくよく考えてみると、まさにそのとおりで、資源の無い日本における資源とは、まさに 『人』 そのもので、世界と競争していかなければならない状況の今日では、人材の育成や教育の重要性をひしひしと感じざるを得ません

 教育課程の変遷については、何も知識はないので、詳しいことはわからないのですが、好むと好まざるとに関わらず、さまざまな分野での国際競争力を求められている現在では、目先のことよりも、日本の将来を見据えて、教育内容ということにも力を入れていかなければならない時代になってしまったのかなと、ひしひしと感じるようになりました

 最近では、さほど頑張ることなく「ほどほどに頑張る」、「そこそこ頑張る」、「さほど頑張らなくてもいいじゃん!」というような風潮になっているように思えます(僕だけが感じているのかもしれませんが・・・)。もちろん、僕もそのうちの一人で、そこそこ頑張っていれば、それでイイのかなと思っています。もちろん、そのことは、あくまでも個人的なことで、日本という国を考えると、それだけでは、やはりダメなのでしょう。特に「発展・繁栄(良い意味でも悪い意味でも)」ということを考えると、今後も技術立国として生きていかざるを得ない日本にとっては、教育課程の変遷とともに、将来像を描くことができずに、気力が萎えがちになっているのではと心配していたのですが、スポーツ選手の頑張っている姿を見るにつけ、今後必要なことは、個人の努力も含めた人材の育成ではないのかと思った次第であります
 


★2003.10.9 ・・・・・   6割・2   ・・・・・

 三女もなんとか無事に退院でき、とりあえずホッとしたところです。少しずつ元気もでてきて、あとは、何も無いことを祈るばかりとなっています。明日と火曜日に医者に診てもらうことになっていて、そこで、最後の結果がでてくると思うのですが、今のところの経過をみていると、頭痛が少し残っているようなのですが、まあ、大丈夫であろうと思っています

 さて
 『6割』と表題に書きましたが、表題と中味がまったく合っていないので、恐らくみなさんチンプンカンプンだったと思います。これは何かといいますと、我が家族のうち、救急車で運ばれたことのある確立なのです。6割とは、つまり5人中3人が救急車で搬送されたことがあるということになります

 一番最初は、僕です。20数年前の事になりますが、大学生の時に交通事故に遭い、救急車で運ばれました。2番目は次女です。彼女は、祖母の持っていた睡眠薬をイタズラしながら飲んでしまい、救急車で運ばれました。この時は、ちょっと目を離した隙に10錠ほどを飲んでしまい、吐かせようとしたが上手くいかずに、救急車で医者のところに運び込まれたのです。そうして、病院で吐かされ、胃洗浄を受けて入院をしました
(ちなみに、この時、僕はどこかに泊まりで出かけていたもので、家にはいませんでした)

 そして、今回の三女と続き、結局のところ、家族5人のうち3人が救急車で運ばれるという経験を持ってしまったのです。家族一緒の時に事故にあったとかを除けば、家族のうち6割も救急車で運ばれたということは、ちょっと珍しいのかな?



★2003.10.7 ・・・・・   6割・1   ・・・・・

 本日昼頃、携帯が鳴ったので、でてみると『三女が鉄棒から落ちて、救急車で運ばれたから、すぐに家に戻れ!』というカミさんからの連絡であった

 えっ・・・・・言葉に詰まりながらも、すぐに職場を後にし、家に戻ることにした。電話の内容では、これから救急車でどこかの病院に搬送されるということだけで、事故の詳細や三女の容体などの詳細は何もわからず、ただただ、無事を祈るばかりで、大急ぎで自転車を走らせ、家に向かった

 家に帰る途中、再び携帯が鳴り、でてみると、今度は三女の通っている小学校からで、「お話は聞かれていると思いますが、ただいま、救急車で市立病院に搬送されましたので、そちらに向かってください」とのことであった。よほど、どのような容体なのか尋ねようと思ったのですが、あまり聞きたくないような答えだったらどうしようか、とも思ってしまい。それに、聞いたところで容体が変わるわけでもないし、とも思い、お騒がせをして迷惑をかけた旨と、お礼だけを述べ、急いで家に戻ったのです

 家に着くやいなや、あわてて車に乗り込み、エンジンをかけるのももどかしく市立病院に向かったのですが、途中で無性に喉が渇いてしまい、缶コーヒーを買って、それを一気に飲み干して、搬送先の病院に向かうと、救急患者の出入り口には、三女を搬送してきたと思われる救急車が止まっていて、救急隊員の方が三女を運び終えたらしい担架の片づけを行っていました
 救急車の後ろに車を止め、隊員の方に尋ねてみると、やはり僕の三女を搬送してくれた方でした。容体については、意識もありそれほどひどい状況ではなく、今搬送しきたばかりだから、すぐに病院内に入れとうながされました。少しホッとした気持ちになりながらも、急いで車を駐車場に止め、病院に入りました。ウロウロとあたりをうかがうと、レントゲン室前の廊下で、それらしき一団を見つけ、見に行ってみると三女達であった。脳神経外科の医師2名と3名の看護婦さん、それにカミさんと小学校で担任の先生であった

 ちょうど、容体の説明を受けながら、診断をしている最中であった。話を伺うと、吐き気を訴えていて、学校と救急車に乗る時に吐いたらしい。しかし、体にはほとんど怪我も見られず、吐き気だけを訴えているのであれば、恐らく頭を打っているのではとの所見で、レントゲン撮影をするという直前であった
 三女に話しかけてみると、少しだるそうではあるが、キチンと返事もするし、頭が少し痛くて吐き気がする、と自覚症状を訴えていた。なんとなく、これなら大丈夫であろうと少しホッとしたのですが、そうはいっても、半分くらいは、まだまだ心配であった
 レントゲン撮影が終わり、次はCT撮影に移る。これで異常が発見されなければ、いいのだが・・・・・と思いつつも、無力である自分を実感した一時でした

 その次は、2階の診察に向かい、いよいよ本格的な診察にはいり、レントゲン写真とCT写真をもとに、医師から説明があった。それによると、骨に異常は無く、脳内も損傷を受けていない状況である・・・・・というものであった。頭痛を訴えているのは、脳に衝撃を受けると、脳内からアセトン(たぶん)とかケトン(たぶん)などの脳内物質が分泌され、それによる不快感の一つであり、これらの物質は、尿とともに体外に分泌されるので、オシッコを採ってみると、すぐにわかる。との所見で、結局は、アセトンなどを中和する薬品を点滴することになった。とりあえず、ホッと一息というところである
 処置室で点滴をしながら、様子を見ることになり、点滴をすると、カミさんだけがここに残るように命じられ、僕は処置室から追い出されてしまいました。そこで、遅い昼食をとり、カミさんの昼食を買って病院に戻りました

 処置室に戻ると、そこには三女の姿が見えなかったので、事務員さんに尋ねると、入院することになったということで、病室に案内された。病室に入ると、三女は点滴を受けながら眠りについていた。カミさんの言うのには、吐き気が治まらないということで、一晩様子を見る事になったそうである。入院の手続きをしているうちに、三女の目が覚めた
 オシッコをしたいというので、車椅子に乗せトイレでオシッコを採り、帰りは歩いて病室まで戻ってくることができた。喉の渇きを訴えたり、普通に話をするようになったので、この時点で、かなり安心し、冷たいお茶を飲ませたりしているうちに、自分からも話もするようになった。僕も安心したら、肩の力も抜け、ドッと疲れがこみあげてきて、今度は僕が眠くなってしまった
  今晩はカミさんが付き添うことになったので、付き添いように借りたベッドで横になりながら、話をしているうちに、僕もうつらうつらしてきては、短い睡眠をとった。夕方5:30頃に回診があり、その際の説明でも、オシッコの中からケトンが検出されているので、これが、吐き気をもよおしてしまう原因であるとの説明があり、ケトンを中和させる薬と吐き気を押さえる薬で点滴をしていると、治療法の説明があった。それとともに、恐らく他には何も問題は無いと思われるので、何もなければ明日には退院できるという話をされたので、またまた、安心してしまいました

 そうして、今晩は長女と次女に食事を作りに、僕だけが家に帰り、今に至っています

 それにしても、気を張っている時には、その緊張がほどけた時に、ドッと疲れがこみあげてくるものですね。現在はクタクタです



★2003.10.4 ・・・・・  ディーゼル車  ・・・・・

 いよいよ暦も10月に突入し、今年も残す所あと四分の一となってしまいました


 10月といえば、1日のニュースのトップは、首都圏(1都3県)の「ディーゼル車の排ガス規制の実施」でした。正確に言えば『ディーゼル車の走行規制』ということになるのですが。4年前に石原都知事が「4年後には、有害な浮遊物質をまき散らすディーゼル車を追い出す!」と約束したことが、まさに実施をされ、その結果、どのようになっていくのか?・・・これから、注目を浴びながら検証されていくことでしょう

 ニュース等を見ていると、一般住民の声は、大部分が「排気ガスが少しでも少なくなるのは賛成」とうもので、かたや規制された車輌を所有している個人事業主は「排気ガスの規制には賛成できるが、事業主の個人負担は納得がいかない」という主旨の意見が大半でした。あたりまえといえばあたりまえの事で、空気が良くなるということであれば、誰しも反対する理由は無く基本的には賛成であろう。ただ、それに伴う費用を個人事業主に負担させるという各論に入ると、諸手を挙げて賛成というわけにもいかず、さすがに可哀相な気がします
 報道等によると、この除去装置の価格は、100数十万くらいかかるそうで、国や地方公共団体より補助がでても、最低数十万円の出費をしなければならず、不況下の現在では、その費用負担も馬鹿にならない事は窺い知れます
 まあ、今までと違った事を実行しようとすると、プラスになる人もいれば、マイナスの影響を受ける人もいるわけで、良かれ悪しかれ仕方がないことだと思います。そうして、差し引きゼロになっていくのが物事だと思います

 それにしても、凄いと思うのは、石原知事の実行力ですね。通常では、思いついてもなかなか実行できないであろうと思われる「銀行への外形標準課税」を行ったり、今回の「ディーゼル車の排ガス規制」を実施したりと・・・・・
普通であれば、組織内部の硬直化や関連業界の反発などにより、簡単に実施できそうもないと思われるのですが、結局は成し遂げてしまうということに、石原さんの凄さを感じた一件です。都知事になるまでは、口先だけで人気先行の政治家だけだと思っていたのですが、以外にやるものです

 さて
 石原知事のことを褒めるのが今日の目的ではなく、ディーゼル車に関することが今日の本題です。ディーゼルエンジンは、日本ではひどく悪者扱いをされていますが、ヨーロッパでは、以前からまったく逆で、ディーゼルエンジンは根強い人気があり、地球温暖化が叫ばれている最近では、一段と人気が高まっているようです
 ディーゼルエンジンのメリットは、燃費が良い事・燃料が安い事が挙げられ、近年ではNOxの排出量が少ないことも人気が出てきたポイントです。日本は国土が狭いことや、まとまった休暇も無いため、輸送機関の他に長距離を運転するような人は非常に少ないのですが、ヨーロッパの人達は、長距離を走る人が日本に比べ多いため、ディーゼルエンジンを選択する人が多いそうです
 ヨーロッパを代表するようなベンツ・BMW・VW・アウディ・オペル・サーブなどは、ご存じのとおりディーゼル乗用車にもかなり力を注いでいて、今では排気量が4000cc級の自家用車までも存在しています。これが、またその性能も凄くて、普通乗用車並の性能と静粛性を誇りながら、燃費も良く「3L/100km」−−−3リットルの軽油で100km走ることができるという高燃費を誇っています。つまりリッター33kmというわけです(このような車なら僕も欲しいです!)
 一方、国内の自動車メーカーも、動きはさまざまで、三菱自動車のように乗用車用ディーゼルエンジンから撤退しようとしているメーカーもあれば、ヨーロッパ市場を見込んで、新たに乗用車用ディーゼルエンジンを開発しようとしているメーカーも数社(忘れた)あります

 面白いのは、地球温暖化の元凶といわれているNOxの排出量を抑えるために、ディーゼルエンジンを選択しだしたヨーロッパと、どちらかというと粒子状物質(PM)を除去したいがために、ディーゼルエンジンを嫌う日本(首都圏)と、一見するとまるで方向性が違っているのがわかります。基本は、どちらも環境対策なのですが、これほど方向性が違うと、どちらが正しいのやら、我々普通の人には、まったくわかりません
 東京都のHPを見ると、 〜『国の怠慢と都の成果』〜 などと勇ましいことが書いてあり、少し読み進めてみると、今回のディーセルエンジン車の通行規制は−『粒子状物質(PM)や窒素酸化物(NOx)を減少させることが目的である』−というようなことが書かれていました。一瞬「あれっ・・・」と思ってしまいましたが、PM除去装置をつければ、一緒にNOxも除去されるのかも、と納得をしたところです

 それにしても

 さまざまな事情の違いはあれども、日本とヨーロッパで、何故このように違うのか?

 国内におけるディーゼルエンジンの地位が低いのは、何故なのでしょうか?
















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